日に日に不安は増すばかりで、解消の目処は立たない。それでも僕たちは何度もジョグレスをしなければならず、その度に僕は言い知れぬ吐き気を覚えた。
決して本宮君に嫌悪感を抱いているわけではない。強いて言うなれば自分自身、そして他人と繋がるというあの一体感。たまらなく不安になる瞬間。僕の心が彼に読まれやしないかと。彼を僕の心が汚さないかと。
他人は恐い。ずっとそう思っていたから、どんなに本宮君が明け透けに僕に接して、優しくしてくれても僕には信じる勇気が無い。嫌われるのが恐くて、信じられなくて、そんなドロドロした自分を知られたくなくて。
それでも僕は何度もジョグレスを繰り返す。
幾度も彼の心臓の音を聞き、心を通わせる。恐くて、逃げ出したくても。
「一乗寺、ジョグレスだ!」
呼ばれた声にはっとして顔を上げた。いつものようにダークタワーを倒している最中ダークタワーデジモンに会って、そして本宮君はいつものように僕を見る。
「一乗寺?どうかしたのか?」
「あっ……いや、行くよ、ワームモン」
「うん……賢ちゃん」
僕の戸惑いを感じているのかワームモンは不安そうに僕を見上げた。けれど僕は無視をしてD3を掲げる。
「よっし、行くぞ、一乗寺!」
「うん!」
一体感。心も体も一つになったかのようなその感覚。彼の心臓の音が自分のそれに重なる。
言い知れぬ恐怖と不安を押し殺し、彼に届かないようにと願う。
パートナーたちが重なり、一つになる。彼らは一体感どころかまさに一体となってしまっている。ただそれを僕らは疑似体験しているだけだ。ならばもし本当に一つになるということはどのような心地なのか。
一体感ですらこれほど苦しいのに、彼らの口からは興奮や歓喜の言葉しか聞こえなかった。もし、本当に一つになることがそれほど心地良いのなら、今の僕は一体何だろう。
「お疲れ様」
ポン、と肩を叩かれて我に返るとにこりと目を細めて笑う高石君の姿が目に入った。
「高石君」
「何を考えていたの?」
「え」
「ホラ、リーフモン、呼んでるよ」
言われてから、足元のリーフモンの存在に気付き、慌てて抱きかかえる。
「賢ちゃあん」
「ごめんね、ちょっとぼーっとしてて」
「…僕はいいけど……」
リーフモンがちらり、と視線を動かす。つられてそちらを見ると本宮君が僕をじっと睨んでいた。
「本宮君」
「……あのさあ」
言い難そうに彼は視線を落とし、何かもごもごと呟く。その足元ではチビモンが本宮君を真っ直ぐ見上げていた。
「さっき、ちょっと変だったんだけど、あれ、お前?」
「変って……」
もしかして、さっき考えていたことが全て伝わってしまったのだろうか。僕の心が、ドロドロした醜いものが、全て。
思わず一歩後退さるとふわり、と柔らかく両肩を押し戻される。振り向くとにこりとした笑みを浮かべたまま高石君が首を横に振った。
本宮君はまだ足元に視線を落としたまま、そんな僕にも高石君にも気付かずに続ける。
「何か、拒まれてる感じ」
「拒まれてる?」
「ああ……ってタケル!お前、居たのか!」
高石君の言葉に相槌を打っておきながら今ごろ気がついたらしく、本宮君はいつもの調子で高石君に食ってかかる。高石君は飄々とそれをかわしながら僕の背中を軽く叩いた。
「まあそれはそうとして。僕もそのことについて、少し聞きたいことあったんだ」
「何だよ」
少し拗ねた口調で本宮君が尋ねると君じゃないよ、と高石君は笑って僕の目の前に回り込んできた。
思わずまた、一歩後退さる。
「逃げないで。一つだけ、聞きたいだけだから」
「…うん」
「……怖い?」
何が、という主語は無かった。本宮君が何を、と呟いたのが聞こえる。
けれども高石君は主語を付け足すことは無かった。
「……何」
「説明はしないよ。君は、怖い?だから大輔君を拒絶して、排除しようとした?」
尋ねようとした僕の言葉を遮って、彼は再び尋ねる。その目は笑っておらず、これ以上のごまかす言葉も許さなかった。
「……それは…」
口ごもる僕に彼はいつもの笑顔に戻って、数回頷いた。
「言えない?うん、僕には言えなくてもいいよ。でも、大輔君にはちゃんと言わなきゃ」
言うだけ言って満足いたかのように高石君は本宮君の手を引いて、僕の目の前に連れてくる。本宮君はまだ不思議そうな、戸惑った表情で僕を見ていた。
「えっと……怖いって、一乗寺?」
「自分でも…よく、わからないんだ」
わかるはずもない。僕は未だに僕を見つけきれてはいない。
「ただ……怖い、と思う。ジョグレスをするのが」
「賢ちゃん……」
僕の言葉にリーフモンが寂しそうに僕の名を呼ぶ。ごめんね、と謝って僕は続けた。
「だから、君を拒絶してしまうのだと思う。僕は、一体感が怖いんだ。だから、心を重ねるのも、拒絶してしまう」
言ってしまってはもう、後戻りは出来ない。本宮君に罵られようと、それで構わないと思っていた。
けれど、彼の口から零れたのは、そっか、というただそれだけで、それどころか笑みさえ浮かべていた。
「本宮君…?」
「いや、俺もさあー色々考えてる時あって、そういう時にジョグレスしてるとお前に考え伝わるのかなーとか結構怖かったりしたんだけど、何だ、お前も同じだったんだなーって思うと何か嬉しくて」
明け透けに、笑って他人事のように本宮君は軽く言ってのける。僕があれほど考え、悩んでいたことをいともあっさりと。
「俺がお前拒んじゃってたらどうしようとか思ってたんだけど、俺たち二人揃って拒絶してたんだなー。ってことはやっぱ、心は一つだったワケか?」
後ろに控えたままの高石君に振り向いて尋ねると高石君は苦笑して、「そうなんじゃないの?」とだけ答えた。
その返答に満足したのか本宮君はてへえ、と嬉しそうに笑う。一体何がそれほど嬉しいのか、足元のチビモンまで一緒になって笑うのに僕はまだ一人置いていかれている気分だった。
「本宮く――」
「でさあ、一乗寺」
僕の言葉を全く聞かず。彼はにこにこ笑ったままその手を僕に差し出した。
「俺んち来ねえ?」
もう、先ほどまでのことを気にしていた素振りすら見せず、実際彼の中ではもう処理されてしまったのだろう。
単純でわかりやすい彼。
そんな彼と心を通わし、一つにし、ジョグレス出来る僕はもしかしたら自分で気付いていないだけで単純なのではないだろうか。
ただ、単純なことをいくつも考えて複雑にしているだけで。
本宮君は笑って僕の返答を待つ。
僕は小さく溜息を吐くと、その手に自分の手をそっと重ねた。
「いいよ」