スノウ出てこないけど、間接的に4スノ話。
早起き鳥の鳴き声にヘルムートは目を覚ました。扉一枚の向こうは静まり返り、まだ朝が明けていないのだと知る。もう一眠りしようか、と考えたが今から寝ては寝過ごすかもしれない。結局はもそもそと起き上がるとベッドから出、普段着に着替えて薄い木の扉を開いた。
木の廊下がミシリと音を立てる。昼間であれば気にもならないそんなことが酷く不安に思えた。静かな廊下には誰もいない。誰の気配もしない。足早に廊下を進み階段を登り、見慣れたサロンの扉を開いた。誰も居ない空間が、恐ろしくてならなかった。
サロンにも期待した女主人の姿は無かった。やはり誰も居ないことにサロンの階段を一気に駆け上がると甲板への扉を勢いよく開いた。
一瞬にして視界が白く染まる。これは夢か、とヘルムートが思ったそのとき突如頭上で声がした。
「ヘルムートさん?」
まだ幼さの抜けないその声は、この船を預かる軍主のものだ。ヘルムートがゆるく首を反らして上を見ると、白もやの中、軍主である少年のトレードマークの赤色が微かに見えた。
「ああ…」
人はいた。そこに誰かがいることにこれほど安心感を得るのだと思わなかった。
「おはようございます」
もやの向こうで軍主が言うのに、鸚鵡返しにおはよう、と言ってヘルムートは階段を上がった。ブリッジの上、見張り台との間に彼は立っていた。近くに寄りようやく顔が見える、その距離で軍主の少年はヘルムートを見もせずに白もやの中に視線をめぐらせていた。
「見えるのか?」
「いいえ。今朝は霧が濃すぎる」
言われてから霧だったのか、と白いもやをヘルムートも見つめる。どのくらいそうしていたのか、不意に少年が語りかけてきた。
「早起きですね。いつもこのくらいに?」
「いや。鳥の声で目が覚めた。貴公は、眠れなかったのか?」
「僕が?どうしてそのように?」
問われたことがさも不思議とばかりに、少年はヘルムートを見た。今朝初めて少年の顔を見、ヘルムートは問が正解であったと確信する。
「昨日の今日、だからだ」
「へえ…その通りですよ。眠れませんでした」
一晩中ここにいたわけじゃないけど。呟いて少年は笑った。笑った、と言っても花が咲くように柔らかい笑みではなく、口元をただゆがめただけであった。
「良かった…とでも言うべきか」
「無理に言わなくてもいいですよ。僕だって純粋に良かったとは思っていません」
「そうか」
「ええ」
少年の姿をしているのに、彼はなかなか聡い。ヘルムートはその点について彼を過大に評価していた。
「だが、やはり良かった、と言うべきだろう」
「そうですね。良かった。良かった…本当に」
万感の思いが込められたその言葉は重く響いた。
「貴公らは、海神に愛されているのだな」
「は?」
ヘルムートの言葉に、少年は口をぽかんと開けてヘルムートを見た。普段の大人びた軍主の姿がそこにはなかったことに、ヘルムートは僅かに安堵を覚える。彼とてただの少年であったと。ならば、自分が憧れるあの方も、ただの人であると。
「ただの受け売りだ。海神に愛された人の」
「…その人はどうだか知りませんけど、僕は海神に嫌われてますよ」
「何故だ」
「なぜって、見ればわかるでしょう?」
左手をすいと掲げてみせる。その左手に宿る忌まわしいものをヘルムートが知らないわけではない。けれどヘルムートは首を横に振るとそうではない、と言った。
「この広い海で、貴公と彼が出会える確率など塵に等しい。だが、貴公らは無事に出会った。それが海神に愛されてないとどうして言えよう?」
「…違いますよ。海神は僕も、彼も嫌ってる。だからこそ、僕たちを出会わせた」
「…なぜ」
「なぜでしょうね。神様は気まぐれですから」
少年が目を細める。左手を前方に向かって伸ばすのをヘルムートも目で追った。
「ああ、でも、愛と憎しみって、似てるんですね」
幼い声で、少年は呟いた。それはヘルムートの耳にも確かに届いたが、ヘルムートには応える事など到底出来なかった。
海神に愛されてるが言いたかっただけ。
スノウの生き様が凄すぎる。神が憑いてるとしか思えない。
それが海神なのか貧乏神なのか笑いの神なのかはわからないけれど。