見つけて。早く見つけて。
でも見つけないで。
あたしはここよ。
晴天の中、担任の粋な計らいによって生み出された自由時間にクラス全員で過ごすことになり大輔はうきうきと浮かれながらタケルに話し掛けた。
「なー何すんのかなー」
「さぁ。どうせ鬼ごっことかそんなもんじゃないの?」
軽く片手を上げて苦笑するタケルに大輔は「そっかー鬼ごっこかーそれもいいよな」なんて軽く言うものだからタケルのすぐ側にいたヒカリも同じように苦笑した。
「それじゃ、多数決を採ります」
黒板の前に立ち、白いチョークを持った担任が手を叩くのにそれぞれは一旦自分の席へと戻った。
「まさかこの歳でかくれんぼをすることになるとはね…しかも僕が鬼だなんて」
ジャンケンで負けたタケルがぶつぶつ言いながらも校舎の白い壁に手をつき、その手の甲に目を当てた。
同じようにジャンケンに負けたもう一人も目を閉じる。
最初は二人で、後は見つかったものは無条件で鬼になるというルールのかくれんぼに大輔は絶対最後まで見つかるものかと深く誓い一目散に隠れ場所を探しに行った。
「いーち」
情けない秒読みを開始するタケルにヒカリは何か言おうと――けれどそのまま背を向け、校舎裏へと回った。既にそこには数人のクラスメイト、そして担任までもがいたことに少々ヒカリは戸惑う。
ここではすぐに見つかってしまう。もっとわかりにくいところへ行かなくては。
その場にいる友人に軽く手を振るとヒカリは別の場所を探しに歩き出した。
「ひゃーくっ」
やっとこの秒読みから開放されるのか、とタケルはたかが秒読みに感慨深いものまで抱いて100とコールした。顔を上げ、光に目を細める。今まで閉じていた目を急に開いた所為か立ちくらみまでもがしそうになった。
「んじゃ、君あっち探してくれる?」
もう一人のジャンケンの敗者に校舎裏を指差してあっち、と言うとすぐにもう一人はすぐに走り去っていった。
「さてと…まずは大輔君、だよね」
空を仰ぐかのように見上げるとタケルは笑いながら歩き出した。
校庭ではどこかのクラスが体育をしているようで、掛け声やボールが跳ねるような音がヒカリの耳にまで届いた。けれど遠くの世界のことのように思えて、ヒカリは顔も上げずにじっと息を殺していた。
ここなら見つからないはず。少なくとも、タケル以外には。
ポケットに入れたD3が気になるけれどタケルも大輔もまさかこんな時に使ったりはしないだろう、と溜息を漏らす。
そう言えば最後にかくれんぼのようなことをしたのはいつだっただろうか、とふと考える。あれは兄がまだ幼かった頃だった、と。一緒にかくれんぼをして、どんな場所に隠れていてもどんなに空が暗くなっても兄は「降参」と一度も言わずに探していた。
あの時、見つかりたくない、見つかりたいと何度も思っていたことを。
ぎゅっと膝を抱えて顔を埋めるとヒカリは目を閉じた。
見つけて。早く見つけて。
でも見つけないで。
「ヒカリみーっけ」
ペタリと足元に暖かい物体がくっついたのにヒカリは驚き顔を上げて確認をする。
「チビモン…どうして?」
「かくれんぼ、俺もやってんのー」
「そうじゃなくて、どうしてここに?」
「んー?」
ヒカリはチビモンを抱きかかえて尋ねるとチビモンはゆっくりと首を傾げてから、頭上を見上げた。
「テイルモンがずーっといるから、俺すぐにここにヒカリがいるってわかったよ」
「えっ?」
ヒカリも同じように頭上を見上げる。するとすぐにカサカサと葉が揺らめき、ストン、と白い物体が足元に下りてきた。
「すまない…ヒカリ。私の所為で見つかってしまうなんて」
「ううん……テイルモン、ずっと居たの?」
「ああ…私はヒカリの側にいる、いつだって」
「そう、よね。ありがとうテイルモン」
耳を下げて謝るテイルモンにヒカリは手を伸ばすと頭を軽く撫でる。膝の上ではチビモンがヒカリの胸に圧迫されて苦しそうにもがいた。
「あ、ゴメンねチビモン」
「んー…大丈夫大丈夫」
「チビモンは丈夫だもんな」
「おーう。俺は丈夫だぜ!」
キャラキャラと楽しそうに笑い声を上げるチビモンに触発されるかのようにヒカリも笑う。
バサリ、と頭上で羽音がしたことにも気付かずに。
「ヒッカリちゃんみーっけ」
大輔の声にヒカリは口に手を当てて声のした方向を見た。ヒカリを指さし嬉しそうに笑う大輔にチビモンはヒカリの膝の上から飛び降り駆け寄る。
「大輔おっそいぞー」
「うるせぇチビモン」
「大輔はすーぐタケルに見つかったのになー」
「だーっ!余計なことを言うなぁっ!」
「ヒカリちゃんを見つけたのだって、パタモンだしね」
ひょこっとタケルが大輔の横から顔を出す。え?と驚くヒカリに微笑むとタケルはヒカリの頭上の木の枝を指さした。
顔を上げてヒカリも確認するとパタモンが照れたように笑いすぐにふわふわといつものように頼りなく飛び立った。
「タケル君…ずるい」
「まぁまぁ。ヒカリちゃんだけ見つからなかったからさぁ。ちょっと空から、ね」
「俺はちゃーんと見つけたぞ!」
えへんと胸をはるチビモンにタケルはうんうんと頷いてちらりと大輔を見る。大輔はふてくされたような表情をしたもののヒカリに手を差し伸べた。
「行こっ、ヒカリちゃん」
「そうだね。早く戻らないとチャイム鳴っちゃうし」
「もう、そんな時間なんだ」
ヒカリは大輔の手を取ることなく立ち上がり、つぶやく。大輔は差し出した手をポケットに入れ照れ隠しにかこくりと頷いた。
「じゃあ、パタモン放課後に」
「チビモンもなー」
「じゃあね、テイルモン」
それぞれのパートナーに適度な別れを告げると3人はクラスメイトが待つ場所に向かって歩き出した。
もう、一人で待つことは無い。
寂しくなんてない。
「先生ーっ八神さん見つけましたーっ!」
タケルが叫ぶのにクラス全員がわっと歓声を上げたのにヒカリは顔を赤くして俯いた。
と同時にチャイムが学校中に響き渡る。
「ここで終りの会するよーっ。全員駆け足集合!」
「えっ、わぁ。ヒカリちゃん、急ごう」
担任の言葉に大輔が駆け出す。タケルは一瞬間を置いてヒカリににこりと微笑んだ後同じように駆け出した。
ヒカリは戸惑いつつも顔を上げて走る。
途中、6年生の教室をちらりと見ると同時タイミングで窓際の京もグラウンドを見、ヒカリと視線が合った事に微かに笑った。
なんてタイミングなんだろう、とヒカリも思わず笑ってしまう。
「ヒカリちゃーんっ早くー!」
大輔が大声で呼ぶのに、ヒカリは「うん!」と頷き、足を速めた。
見つけて。早く見つけて。
でも見つけないで。
探しに行くから。
あたしはここよ。