まったく何をしているのですか、とウィルは溜息と共にタオルを差し出した。さすがに5回目にもなれば慣れたものだなぁと、口にしたら怒られそうなことをぼんやりと考えつつそのタオルを受け取る。
実際1回目には怒られた。2回目にも怒られた。3回目で呆れられて、4回目からはタオルを持って来てくれるようになった。5回目、つまり今回はお風呂の準備は出来てますよ、という一言つきだった。
髪を拭いてタオルを首にかけるとそんな拭き方では駄目ですよ、としゃがむ事を強制され、そのタオルでまた髪を拭かれる。自分でやるガシガシ、という感じではなくふわっと優しく拭き取られ気持ちよくて目を閉じた。
「ああ…服までびしょ濡れだ。早くお風呂に入って下さい。その間に乾かしますから」
「ありがとう」
「…楽しいですか、そんなに」
「え?」
タオルが取られ、目を開くと正面のウィルと視線が合う。大きな瞳の奥、冷めた表情に隠された子どもの純粋な好奇心が見えた気がした。
「……君もしてみればわかるよ」
「僕はいいです。濡れたくありませんから」
「パナシェでも出来るんだよ?それに君の体重なら大丈夫」
「どうだか」
「本当だって。今度は一緒に行こう」
「わかりましたから、お風呂に入って下さい」
ぷい、とそっぽを向いてタオルを片手に廊下を歩いて行く。てこてこ、とその後ろをテコがついて歩く。
これは振られたか、と少し残念になりながら風呂場へと向かっおうとしたその時、ソノラがひょこっと、顔を出した。俺を見てにこっと笑った、がすぐにその顔が曇る。
びしょ濡れの廊下を見た少女に追い立てられて風呂場まで一目散に駆け出した。
「…本当に、いいのかい?」
「誘ったのは貴方の方ですよ」
「それは、そうだけれど」
「大丈夫です。タオルの準備もお風呂の用意もしてきましたから。貴方の分の着替えもあります」
風雷の郷の入り口で戸惑う俺に一瞥しただけで行くよ、とテコと一緒に歩き出す。その荷物(タオルと俺の着替え)を持たされた俺は、諦めてその後ろをついて大蓮の池までの道を歩いた。
都合の良いことに、池の前には誰も居ない。いつも遊んでいた子どもたちはどこへ行ったのだろう。今日はマルルゥの花畑の方だろうか。
「…誰もいないね」
「うーん。今日は別の場所で遊んでいるのかな」
「まぁ、いいけど。この葉に飛び移る遊び、でしたっけ?」
「ああ、そうだよ。大きくて丈夫だから子どもが乗るくらいなら大丈夫だって」
「へえ」
「あ、でもちゃんと足場を確認して……」
から飛んだ方がいいよ、との言葉が届く前にえいっとウィルは一枚の葉に飛び乗った。大きな緑色をした蓮の葉はウィルの体重を受け止め、支える。
「あそこに行けばいいんですか?」
「え?そ、そうだけど」
「行くよ、テコ」
まだ岸に居たテコをおいで、と手招きするとテコは迷わずウィルに飛びつく。テコの体重なんて大したものでもないらしく葉は僅かに沈んだが二人(一人と一匹?)の体重を受け止めた。
テコを受け止めたウィルはそのままぽん、ぽん、と葉を飛び移っていく。時折悩みつつも出来る限り大きな緑色の葉を選んで飛び移っているあたりはさすがだった。
とん、と反対の岸まで無事に辿り着く。ほっと胸を撫で下ろした俺に向かってウィルは振り向くと微笑んだ。
「先生。ここまで、来れますか?」
挑発的な、でもどこか楽しそうな声に俺は荷物をその場に置くと、迷わず足を踏み出した。