「先生」
そっと呼びかける声に顔を上げると不安そうな視線とぶつかる。傍らで小さなネコのような召喚獣が同じく不安そうに彼を見上げているのになんだか笑えてきた。
「何笑っているのですか。気持ち悪い」
「いや、なんでもないよ。それより何か用かい?」
「用かいって…もうすぐご飯の時間ですから、呼びに来たんですよ」
鎖を鳴らしてホラ、と彼は俺があげた時計を見せる。大事にしていてくれたようでピカピカに磨かれていたのにやっぱりあげて良かった、と思う。
「そっか…じゃあ帰ろうか」
うーんと立ち上がって背伸びをするとまったく、と呟きながらも微笑んだ。ミャア、と傍らで鳴くテコを抱き上げてお腹すいたね、と話し掛けている様は最初出会った時とは明らかに違っていて柔らかく感じる。
元々優しい子なのはよく知っている。テコや小動物にはとても。しかし俺には手厳しい。
「…何ニヤけているんですか?」
「へ?」
「…気持ち悪い」
気が付かない間にニヤニヤしていたらしい。それも、彼を見ながら。ニヤけられた本人は気分を害したようにテコをそっと地面に下ろすと一言呟いて俺に背を向けた。
「…酷いなぁ」
手厳しい。
「今日は、先生が朝に釣った魚だそうですよ」
「ああ、そうなんだ」
前を歩くテコを眺めながら(それにしても本当にテコテコ歩く)彼は俺の隣に並んで歩いていた。機嫌は直ったらしい。と、言うよりも少し歩調が合わないようでそちらに気を取られていて怒っていたことを忘れてしまっているようだ。
何気なさを装って、彼は俺の隣に並ぼうと少しだけ急ぎ足で歩く。時折ちらちらと俺を見上げて、そして、俺の手を見て。
いつもは抱えているテコが前を歩いているのに手持ち無沙汰なのだろうか。少し不安そうな顔で、けれども努めて何気ない顔を作って。
ピタリ、と俺は立ち止まる。彼は半歩俺の先を歩いてから顔を上げ、テコはミャアと小さく鳴いて立ち止まった。
「先生?どうか…」
「手、繋ごう?」
「は?」
ぽかんとした顔で俺を見上げる。その表情は今までにも俺が何かしでかすたびに見てきたものなので失敗かな、と思っていると彼は小さく首を横に振った。
「嫌です。子ども扱いしないで下さい」
「いや、そうじゃなくて。俺が繋ぎたいんだけど」
「貴方が?」
「そ。駄目?」
「……わかりました。どうぞ」
少し悩んでどうぞ、と手を差し出す。そこまでしなくていいんだけど、と笑って俺がその手を取ろうとすると、彼は小さく呟いた。
「改めて言われたりされると恥ずかしいので、繋ぎたい時は繋いで下さって構いませんよ。嫌だったら振り払いますけれど」
頬が赤いのは沈む夕陽の所為だけじゃないだろうなぁ、と思いながら気付いていない振りをしてわかった、と笑ってその手をそっと取る。
きゅっと握ると小さな手がおずおずと握り返すのに可愛くてたまらない。とてもくすぐったい、空気。そんな中で小さな召喚獣が早く、と急かすようにミャア、と鳴いてついでのように俺の腹もグゥ、と鳴った。
「やれやれ…急ぎましょう」
「お腹すいた?」
「…それは、」
答えようとした彼のお腹がキュウ、と鳴る。俺のよりは可愛らしいものだったけれど顔を真っ赤にして俯きながらも続けた。
「そうでしょう、誰だって時間が来れば」
「じゃあ、少し急ごうか」
手を繋いだまま走り出す。慌てて彼も駆け足になり、ちょっと待ってください!なんて叫んでいたけれど俺は笑って彼の護衛獣を追い抜いた。
遠くから魚の焼ける美味しそうな匂いがした。