『あくびがでるわ』
机の上に無造作に置かれた紙に書かれた、そう大して綺麗でも丁寧でもない(どちらかと言えば殴り書きのような)文字を目で追う。どう読んでもそうとしか読めない字をトウヤは繰り返し、5度読んだ。
「あくびがでるわ?」
更に口に出して、もう一度。一体何に対してなのか主語が見当たらないその紙をどうしようか、と持ち上げたところで下に別の紙があったことに気が付く。
『いやけがさすわ』
また、主語はない。けれど先程と同じ明らかな悪口にむっとする。書いた本人の心境――にしては言葉遣いが女性のもので、おかしい。しかし意図もなくこのような言葉を書くような人とは到底思えず、トウヤはその2枚の紙を並べて見比べる。
……おかしくないと言えばおかしくない。ただの心境を綴ったものにも思える。
「あくびがでる…いやけがさす…」
もしかして、本当にそう思われているのだろうか、とトウヤは眉を寄せむう、と考え出そうとして更に下があったことに気付く。
『しにたいくらい』
『てんでたいくつ』
最早ここまで来るとどうしていいのかわからない。更にその下の紙を取り出す。やはりそこにも、文字が書かれていた。
『まぬけなあなた』
今回は、主語があった。
「でも…誰宛だ?」
「トウヤ!」
部屋に入ってくるなりソルは叫んでトウヤの手から紙を奪う。真っ赤になってじっと睨むように読んだのか?と尋ねてくるのに頷くと視線を逸らして俯いてしまった。
「ソル?」
「…全部、書けたらお前に渡そうと思ってた」
「僕に…」
それを、渡されるのはやはり自分なのか、とトウヤが打ちひしがれていることに気付かずにソルは顔を上げ、首を傾げる。
「トウヤ?」
「僕は…そんなに駄目な男かな?」
「はあ?何言ってんだお前」
「だって……間抜けなあなた、って」
「ああ」
ソルは曖昧に頷いて笑った。その笑顔があまりに爽やかに晴れ晴れとしていたのにトウヤは唖然とする。
「馬鹿だな」
「え?」
「字面だけ読んだって無駄だぜ。これは、違うんだ」
「違う?」
ソルはそう言うと机の上に置かれていたまだ白い紙を一枚取り、ペンを走らせる。相変わらずの乱れた字で、しかしちゃんと読める程度に。
「わかったか?」
にやと笑われて、トウヤは首を横に振る。最後の一枚を読んでも意味なんて全くわからない。
ソルは小さく溜息を吐くとその紙を全て広げ、机にきちんと並べる。
「読むのは、ここだけだ」
頭文字を順番に指さしてゆく。最後の一文字までたどり着く前に、トウヤはソルを抱きしめていた。