いつもよりも幾分遅い速度で走らせているにも関わらず、ふわりと風にネクタイがなびく。
後ろ向きに乗ったままの、彼の癖のある髪も風にきっと揺れているのだろうか、と想像してハヤトはくすりと笑った。
「ハヤト?」
「ああ、なんでもない」
背中越しに、少し聞き取りづらい――もともと囁くように喋る為、余計に何を言っているのか注意していないとわからない――声で名を呼ばれ、左手をひらひらと振ってことさらに何でもないことを強調してみせる。
「それならいいけど…ところで、時間、大丈夫なのかい?」
「えーと……あー…」
「……遅刻、なんだね」
「まだ大丈夫だって!急げば!!」
キッと自転車を止めて振り向くと後ろ向きに座っていたキールも振り返り、不思議そうにハヤトを見た。
「ハヤト、急ぐのだろう?」
「急ぐよ。だから、俺にしっかりつかまってろよ。落ちるといけないからさ」
手を取ってこちら側を向くように促すとキールは一旦降りて、座りなおした。きゅっと腰に手が回され、少しくすぐったい気持ちになる。
「何だかとても恥ずかしいのだけど……」
「しょーがないだろ!じゃーかっとばすからな!」
「ああ…」
弱気な返事に苦笑しながら、ペダルを踏む足に力を入れる。
風を切り坂道を駆け下りる。
ぎゅっと、回された腕に力が込められた。