派手にひっくり返り、じたばたもがく円堂に手すりに捕まりながら手を伸ばした。ぷるぷる震えるその手をぎゅっと掴んで、円堂は尻で氷の上を滑る。なんとか端まで来ると、自分で手すりを掴んで立ち上がった。
「尻いってーつめてー」
ひゃーっと声を出しながら尻をこする円堂に、風丸は呆れながら手すりから手を離す。
「無理して滑ろうとするからだろ」
少し離れたところで、バランスを崩した風丸の腕を慌てて円堂が掴んで引き寄せる。バツが悪そうに頬を少し膨らませながら、風丸は小さくサンキュ、と言った。
「スケートって難しいんだな」
「……そうだな」
二人して手すりから離れられず、はあと溜息をついた。その前にシャーっと氷を削りながら鬼道が止まる。そのすぐ後をついて豪炎寺も二人の前で止まった。
「どうだ、円堂」
「お前らすげえなー」
「まだ滑れないのか」
ちらりと鬼道に見られ、首を横に振ると意外そうな表情をされる。なんでだよ、と思ったことが素直に表情に出たらしく、鬼道はすまん、と謝った。
「風丸はこういうことが得意そうだと思ったもんでな」
「円堂よりは滑れるぜ」
「さっき転びかけてただろ」
比較された円堂が拗ねた声で反抗する。支えられなくてもあれは平気だった、と言えばどうだか、と円堂はそっぽを向いた。
「やけに機嫌が悪いな」
「さっき派手に転んだからな」
「風丸!」
「尻でも痛いんだろ」
よ、っと声を出して反動をつけると風丸は手すりから離れる。ぐらつきながらも、派手に転ぶこともなく、スケートリンクへと滑り出た。
「待てよ、風丸!」
円堂も同じように手すりを押す、が、すぐに転びそうになったところを豪炎寺と鬼道に支えられる。
「うわっ、とと、サンキュー」
「いや……少し、教えようか」
「いいのか?」
「折角来たんだ、全員で楽しまないとな」
目を輝かせる円堂に二人は頷き、風丸を見た。少し離れたところでよろよろとしながらも、なんとかと言った調子で滑っている姿に、豪炎寺が滑り寄り声をかける。
「風丸も、教えようか?」
「俺はいい。円堂を頼む」
「……そうか」
ちらりとだけ豪炎寺を見て、風丸は手を横に振った。確かに風丸ならこのまま一人でもなんとか滑れるようになるだろう。そう判断すると豪炎寺は円堂と鬼道の元へと戻る。
「風丸、いいって?」
「ああ」
「そっか。じゃあ、頼むな、豪炎寺、鬼道」
一瞬風丸を見て、円堂はにやりと笑ってから豪炎寺と鬼道に頭を下げた。頭を下げられた二人は、その一瞬の笑みを見て顔を見合わせながらも、頷くと円堂の手を取り、滑り始めた。
コツをつかめばなんとかなるもので、危なげなく滑れるようになりほっと息を吐く。と、すっと人影が目の前に立った。
「どう、楽しい?」
「吹雪」
「風丸君って、コツをつかむの上手だね」
くすくす笑いながら、吹雪が指を差す。その方向を見れば、よたよたとした染岡がこちらに手を伸ばしていた。
「助けなくていいのか?」
「大丈夫だよ。染岡君頑丈だし。あれで転ばないんだよね」
言ったそばから、染岡が派手に後ろに転がった。あ、と吹雪は声を出すと、てへっと擬音が思いつきそうな笑顔を見せる。
「転んだぜ」
「うん」
「いいのか」
「ううん」
シャーっと滑り、吹雪は染岡の手を引くと立ち上がらせる。そのまま両手を掴みながら後ろ向きに滑る吹雪の姿に、風丸は重い溜息を吐いた。
「俺ももっと上手く滑れれば……」
端に寄り、もたれかかる。ぐるりとリンクを見渡せば、豪炎寺と鬼道に手を引かれて滑る円堂の姿が視界に入った。
はあ、再び溜息を吐く。零れた白い息が消えていくのをぼんやりと眺めていると、頬に熱いものがぴたりと当てられた。飛び上がるように滑り、振り返る。
「かーのじょ、お茶しなーい?」
にやにやと笑う猫のような仲間をきっと睨み、元の場所まで戻るとその手から缶をひったくるように奪う。プルタブを開き喉に押し込むと、甘ったるいミルクティーが冷えた体に染み渡った。
「半田は?」
「滑れないからって拗ねてあっちで影野とお茶してるよ。風丸もどう?」
「俺はいい」
「そ」
「お前はもう滑らないのか?」
さっきまでスイスイ滑っていた姿を思い出しながら尋ねると、松野はうーんと首を傾げた。
「あれ見ちゃうとなー」
「あれ?」
指差す方向で、吹雪がくるくると回転していたのに軽く含んでいた紅茶を噴出しかける。その隣で氷付けの染岡が視界に入ったからだった。
「ふ、吹雪!必殺技を使うな!」
口元を拭いながらも怒鳴ると、はあいと間の抜けた声が返る。氷付けはないよね、と松野が笑いを堪え切れない様子でつぶやくのに、風丸は残りのミルクティーを一気に飲み干すと、無言で空き缶を押し付けた。
「あっ、ちょっと風丸!」
「あとで払う」
「いいよおごりでー!ってか、ちょっとー」
すーっと滑り、吹雪の元まで行ってしまった風丸の後姿に、松野はふうと息を吐いた。
「キャプテン、すごくない?って言いたかったのに」
氷付けだった染岡が戻り、吹雪がごめんねーと謝る。頬を掻きながら、染岡は短くオウ、と答えた。
「……良かったな」
どっちが、と思わないでもないが、思わず出た風丸の言葉に、吹雪が頷く。
「じゃあ染岡君、行こう」
片手を繋ぐと、先導するように吹雪は滑り始める。染岡もそれを振り払うでもなく、引かれるようによたよたとしながらも滑り出した。
「じゃあまた後でね、風丸君」
「必殺技は使うなよ」
「うん」
すーっと二人が滑って行く。見送りながらも風丸は一箇所に留まれず、ゆるゆると滑っていると、後ろから大きな衝撃に突如襲われ両手を大きく振りバランスを取ろうとした。しかしその甲斐もなくその場に引っくり返る。
と、思われた。
「へへ」
「え……円堂?」
風丸を支え、立ち上がらせる。どうやら後ろから体当たりしてきたのも円堂だったようで、豪炎寺と鬼道が呆れ顔で風丸の隣に滑って来た。
「すまん、止められなかった」
「いや……円堂、どうしたんだ?」
風丸を支えたまま、円堂は氷の上で立つ。いつの間に。そんな響きが伝わったのか、円堂はにかっと笑った。
「豪炎寺も鬼道も教えるの上手くてさーこんなことも出来るんだぜ」
風丸の両手を持って、円堂は後ろ向きに滑り出す。引かれながら風丸も滑り始めた。
「後ろ向き」
「ああ!風丸とこうしようと思ってたんだけどな」
全然滑れなくて、結局出来るようになったときには風丸フツーに滑ってるし。
ぶつぶつと自分だけに聞こえるように言われ、唖然としながら風丸は円堂を見た。僅かに拗ねながらも、円堂は風丸の手を離さない。
「ちょっとだけ、気分だけ、いいだろ」
「……良くない。滑れるんだから、離せよ」
「いやだ」
「はーなーせー」
もがき、手を払おうとすればバランスが崩れ転びかける。そこを円堂に支えられ、再び二人は手を繋いだ。どうやら円堂から離してもらえない限り、離れられないことを風丸は悟る。
「な?」
「……ちょっとだぞ」
「ん」
円堂はにこにこ笑いながら、風丸の手を引いて後ろに滑る。自分の理想とは遥か遠く、真逆であることに風丸は大きく溜息を吐いて呟いた。
「俺がもっと、上手く滑れれば……」
不穏なその言葉を誰も聞きとめることはなく、吹雪は染岡を氷付けにしていた。