がらりと扉を開くと、よ、と風丸が片手を上げた。よお、と思わず返してから風丸へ歩み寄ると、その手の中にある紙を覗き込む。ずらっと書かれた文字の中、目当ての数値を発見し、己の手の中のそれを見比べ円堂は溜息を吐く。
「負けたー」
「よっし!」
「ちくしょー」
ぐっと小さく握りこぶしを作りったその手で、円堂の手から紙を奪い取ると風丸はふむふむ、と紙に目を通した。先ほど円堂が見た数値の隣をじっと見て口元を緩める。
「円堂、ちょっと太ったな」
「筋肉だ!」
「……そうだな」
円堂も風丸の手からひょいと紙を奪うと、ざっと数値を眺めた。時折あーと声を上げ、眉を寄せる姿に、円堂の分も合わせて奪い返すと風丸はにやりと笑った。
「身長はオレの勝ち…だけど成長率はお前が上か」
「えっマジで!?やった!」
「まぁこのまま伸び続けるとは限らないけどな」
「絶対伸びる!」
ばっと手を伸ばし円堂が奪い返す。その背後でがらりと扉が開いたことに、二人は気付かなかった。
「何やってんだよ。風丸まで」
廊下でぎゃあぎゃあと騒ぐ二人に声がかけられる。ぴたりと動きを止め同時に振り返ると、呆れ顔の半田と視線が合った。
「身長比べ」
「オレの勝ち」
ガッツポーズを作る風丸に、へえ、とのん気に半田は頷き後ろ手で扉を閉めた。自分の結果用紙を眺め、ざっと数値を覚えたところで二人に歩み寄り手を出す。
「見せてくれよ」
「いいぞ」
何のためらいもなく二人は半田に紙を渡すと、今度は手のひらを重ね合わせはじめた。円堂の方が大きいな、と風丸が呟くのを聞きながら、半田は紙に視線を落とす。
「んー……」
「キャプテンより高く、風丸より低い。中途半端だね」
「うえっ!?」
背後からかけられた声に、半田が振り返る。やほーと手を広げて松野がにんまりと笑っていた。その隣で影野がふふ、と笑う。
「影野の後ろに隠れてたな……!」
「まぁねーにしても体重もキャプテンより軽く風丸より重いって、ほんと半端」
「うるさい!そんなことよりお前はどうなんだよっ!」
叫ぶなり松野の紙を奪い取ろうと半田が手を伸ばす。が、ひらりとそれをかわすと風丸の背後に隠れるように回った。
「んー風丸より小さく風丸より軽いよ」
「うわフッツー」
「そんなもんでしょ?」
ねえ、と上目遣いで見られ、風丸は苦笑する。
「影野はどうだったんだ?」
「はい……これ」
ひらりと翳された用紙の前にわっと集まった。どれどれーと覗き込み、ううん、と円堂が眉を寄せる。
「影野は少し体重の増加が必要だな」
「鬼道!」
円堂よりも後方から聞こえた声に振り返る。いつものゴーグルとマントを手放すことなく、彼は身体測定を受けていたようだった。
「鬼道はどうだったの?」
「問題ない」
松野の問いかけにも平然としたまま鬼道は答える。もう、と松野は膨れ、しかし次第ににんまりと笑みを浮かべた。その変化に訝しがった鬼道が一歩踏み出し松野に問いかけようとしたその時、背後からひょいと手が伸ばされ紙が奪われる。一瞬の技に、おお、と円堂は声を漏らした。
「ふーんなるほど」
「一之瀬!」
振り返り即座に鬼道は紙を奪い返す。ひったくられた一之瀬は苦笑いを浮かべながらも鬼道に謝ると、円堂を見た。
「みんなはどうだったの?」
「それなりにちゃんと成長してたぜ!」
「オレはだいぶ伸びたな」
円堂の言葉を継ぐようにぬっと染岡が現れ、ひらりとみんなに見えるように紙を広げて見せる。その隣で目金も見てください!こんなに伸びましたよ!と嬉しそうに紙を見せた。
「へーほんとだすげえな」
「やっぱ染岡って感じ?」
「なんだそりゃ」
半田の言葉に染岡が照れながらもぶっきらぼうに尋ねる。あーと答えようとした半田の言葉を遮り、目金が叫んだ。
「僕のも見てくださいよぉ!」
「ああーそうだな、伸びたな目金」
「運動始めたからじゃね?」
「ああーかもね。良かったじゃん」
気のない松野の返事にも、嬉しそうに目金は眼鏡を押し上げる。やれやれ、と松野が肩を竦め、半田が苦笑いを浮かべたところで、円堂が急に切り出した。
「1年は昨日だったんだろ?」
くるりと振り向いた円堂と視線が合った風丸が、質問を受けて頷く。
「ああ、壁山は体重の増加が随分あったみたいだ。宍戸は髪が押さえつけられたって落ち込んでたぞ。それから、少林が栗松に負けて悔しがってたな。成長率は少林が上だったから、そこは喜んでたけど」
「ふーん。来年には栗松より少林がでかいかもってことか」
「オレらよりも大きくなったりしてな」
うっわぁと声を上げたのは半田で、全員の視線が集中する。なんとなく気まずくなって半田は手元の紙で口元を隠した。
「そうだな、成長も視野に入れてトレーニングを考えるべきか」
「鬼道はすごいな……」
ここまでの会話を綺麗にまとめる鬼道に、風丸は肩を落とす。自分の身長、体重はごく平均的だが体を作るには肉が必要、だが身軽さを保つには体重は……ぐるぐる考えるうちに自然と眉が寄った。その眉間を円堂の指がつんと突付く。
「わっ」
「オレらも負けられないだろ」
「円堂」
にかっと笑う円堂に、詰めていた息を吐き出す。そうだな、と頷いた風丸の真横から声が発せられたのは同時だった。
「土門のウエスト何センチなんだろうな」
ぽそっと呟かれた言葉に全員が息を呑んだ。声を発した本人は至極普段どおり、表情の変化は見られない。
「豪炎寺……おまえ…」
震える声で円堂が呼びかける。なんだ、と豪炎寺は何もなかったかのように返事をした。
いつの間に、とかお前はどうだったんだ、とか聞きたいことはいくつかあった。しかし。
「土門のウエストって」
「ああ、気になるだろ」
「お前も、そういうこと気にするんだな」
しれっと答えられ、感慨深げに風丸が呟く。豪炎寺は首を傾げると、不思議そうに風丸を見た。
「あれは気になるだろ」
「だよな……」
半田の同意と共にそれぞれが手元の自分の紙を見る。暫しの沈黙の後、まず駆け出したのは風丸だった。まさに疾風の早さで土門のクラスへと走る。
「あっ、待てよ風丸!」
慌てて追う円堂に続き、順々に駆け出し、最後に残された鬼道と豪炎寺はお互いの顔を見合わせ、そっと廊下を走り出した。
「ちょっと、あなたたち!廊下を走らないで!!」
夏未の叫びも虚しく、一団は一直線に廊下を駆け抜けた。
一路、土門の元へと。