あーーーーーーー。
扇風機の前で円堂が大きく口を開いて声を出す。震えて空気を振動させ、鼓膜に届いたその声に、風丸は苦笑いを浮かべた。
「円堂、遊んでないでちゃんと宿題やれよ」
「だってさー」
「扇風機独り占めもやめろよな。オレにも風よこせ」
「わかってるよ」
向きを固定させていたスイッチを切り替え、首振りに戻すと円堂はテーブルへと体を向ける。そこに広げられたノートに一瞬視線を落とすと、大きく溜息をついた。
開いた窓からはじりじりと空気を焦がすかのような太陽が見えた。それに暖められたかのような空気が流れ込んでは、扇風機によって強い風に変わる。ぼうっと、眺めていると、すぐ側の空気が動いた。
「円堂」
呼びかける風丸の髪が時折、扇風機の作り出す風で小さく揺れる。長いそれを視界に入れ、暑くないんだろうかとぼんやり考えながら、円堂は渋々シャープペンシルを手に取った。
いざ、宿題をやろうと机に向かうと、視界が霞む。文字だらけのノートは読みにくい。
「ダメだ!」
「円堂!」
「風丸ーサッカーやりたい」
「あのなぁ」
重い溜息が耳に届く。風丸が呆れながらこの説明をするのは何度目だろうか、と心の中で指折り数えてみた。昨日、一昨日、その前と…毎日説明を聞いた気がする。
「サッカーは午前中と夕方から。日の高い間は熱中症の危険性があるから認められない。それに、夏休みの宿題をやる時間も必要だ……と、鬼道の決めたメニューに文句でも?」
「……ありません」
投げ出しかけたシャーペンを持ち直し、背を丸めると机に向かう。少なくとも今日は5ページだぞ、とその頭に風丸の声がかけられたのに、内心脱力しながらも、無理くりに文字を埋めはじめた。
暫くの間、カリカリと筆記用具の音と、扇風機の風の音が二人の間に流れる。しんと静まった空気に耐え切れず、投げ出したのはやはり円堂が先だった。
「だーっ!」
「円堂……何のためにオレが一緒に宿題やってるか、知ってるよな」
「わーかってるって!」
宿題を出さないなんて許さない、と夏未に告げられ、それならば暑い時間帯は宿題に宛てようと鬼道が決め、円堂の宿題提出率を知っている風丸が、円堂と共に宿題をやることを申し出た。
そこまでの経緯は全て部員の知るところであり、つまり円堂がこれで提出しなければ風丸の責任になる。
「わかってるって……」
弱気になり、沈む声に風丸は溜息を一つつくと、俯く円堂の頭をつん、と人差し指で突付いた。何すんだよ、と顔をあげるとにこにこと微笑まれ、戸惑う。
「だから、オレがいるんだろ。わからないことがあるなら、ちゃんと言えよな」
「風丸」
「で、どこからだ?」
机にぐっと乗り上げ、円堂の手元を覗き込む。ノートを見、円堂を見、風丸の頬がひくりと引き攣ったように見えた。
「これ……1ページも進んでないんじゃ…」
「……うんまぁ」
側にあった麦茶の注がれたグラスを持ち上げ、冷えたそれを一気に喉に流し込み、円堂は苦笑いを浮かべる。
チリン、と風鈴の音。そしてみんみんと煩い蝉の声が少し遠く感じられた。