かたん、かたたん。
不定のリズムで刻まれる音を聞きながらぼうっと窓の外を眺める。体は心地よい疲れに満ち、また、心も充実していた。
今日も良い試合が出来た、と円堂は思う。練習試合とは言えお互い本気でぶつかり、その上での勝利だ。満足いく内容に、惚けてしまう。
と、がたんと列車が揺れたと同時に肩に何かが触れる。ずしりと重くなったそちらを見れば、見慣れた水色の髪が寄り掛っていた。
「かぜ」
「疲れてるんだろ。寝かせてやれ」
名を呼ぼうとすると、正面に座る豪炎寺に止められる。そうだな、と応えると風丸の頭を肩に乗せたまま円堂は窓へと首を回した。
かたたん、揺れる度に風丸の重みが動く。ずれ落ちないだろうかと心配していると、豪炎寺の後ろからひょっこり顔を出した鬼道と視線が合った。
「今日のフォーメーションについて風丸と話があったんだが……」
「起こすか?」
「いや、いい。今日はディフェンスに負担をかけたからな。まとまってから話すことにする」
「悪いな」
「それは風丸に言ってやってくれ」
豪炎寺の向こうに鬼道が消える。後ろのボックス席で一之瀬たちとフォーメーションの反省会をしているようだった。
「……初めて使うフォーメーションだったからな。連携が悪かった」
「ああ、それで結構シュートがきてたな」
「結果としてディフェンダーは走り回ってただろ」
「だな」
自分にもたれて眠る風丸をちらりと見て円堂は笑う。
通路を挟んだ向こうのボックス席では壁山と栗松がぐったりと寄り添って目を閉じていた。その向かいでは半田が大きく口を開けて欠伸をしていたところで視線が合ってしまい、お互い照れ笑いを浮かべる。
「だいぶ疲れてるみたいだな」
「試合だったからな。みんな疲れてるさ」
ほら、と半田が体を少しずらせば、特徴的な帽子がちらりと見えた。
「あぁ、悪いな」
「なんで円堂が謝るんだよ」
「いや、キャプテンだし」
「キャプテン関係あるのか?」
はは、と笑いかけて半田が止まる。ん、と目を擦りながらマックスが体を起こした。
「……煩いよ」
「ああ、悪かったマックス。まだ寝てていいぞ」
「そー?」
「半田も、寝てくれていいぞ。着いたら俺がみんなを起こすよ」
「いいのか?」
半田の視線が円堂に凭れて眠る風丸に注がれる。そういうことは主に風丸の役目だからだろうか、半田の言葉には信用してもいいのかという疑いが含まれているようだった。
「大丈夫だって、絶対起こしてやる」
「……わかった、信用するよ。実を言うと俺も眠くて……」
ふわぁと再び大きく口を開くと、半田は目を閉じた。すぐにすーすーと寝息を立て始める。マックスも窓に凭れなおしてぐったりと目を閉じていた。
「なぁ、豪炎寺」
「ん?」
「うしろ、どうなってる?」
「鬼道か?」
「いや、俺のうしろ」
ちょいちょいと指先だけで示す。見たいけれど風丸がいるので動くわけにもいかず、円堂は頼む、とだけ告げたのに豪炎寺は腰を浮かせた。風丸の横に行きゆっくりと覗き込む。覗いて、すぐに座席に戻ると深く背凭れに凭れかけた。
「全滅だ」
「あーそっかーほんとに今日は悪かったな」
「フォーメーションを決めたのはみんなだろ」
「だけど、俺がちゃんと指示を出せてればこんな疲れることも無かっただろ?」
「それなら、俺も鬼道も、風丸もだ」
すやすやと眠っていた風丸が話題に出されたことに気付いたのか、んん、と唸る。
咄嗟にしいっと口許に指を当て円堂は動きを止めた。
「……悪い」
「……いや、俺も悪かった。豪炎寺も疲れてるだろ?寝てていいぜ」
「いや、俺はそこまで疲れてない。鬼道の方がよっぽど」
言いかけたところで、おい土門寝るなよ、と呼びかける一之瀬の声が豪炎寺の後ろから聞こえたのに、二人で視線を合わせた。鬼道も畳み掛けるように寝るな、と言っているのが聞こえる。
「土門は起こすんだ」
「みたいだな」
鬼道に起こされなかった風丸を見ると、口が半開きになっていたのに円堂は笑った。本格的に寝てるなぁと思えば、豪炎寺からぶふっと変な音が聞こえたのに顔を上げる。
「す、すまん」
口許を押さえ必死に堪える豪炎寺に、じわじわと円堂も笑いがこみ上げてくる。笑ってはいけない、そう思えば余計におかしい気持ちが強くなった。まずい、と気付いた時には間に合わず、口許を押さえるために上げた手は中空で止まる。
「ぷっははは、あはははは!」
笑えば肩が跳ねる。反動で風丸が目を覚ましむくりと起き上がった。
「……円堂?」
半分寝ぼけながら風丸は周囲を見回す。口許を押さえて小刻みに震える豪炎寺、その後ろからひょっこり顔を出す鬼道と一之瀬、通路の向こうから目を丸くして円堂を見ている半田とマックス。壁山と栗松はぐったりとして動かない。
「何があったんだ……?」
首を傾げる風丸に、答えられる者はいなかった。