ほんのり「ふれてはいけない」の続き
稲妻が一瞬で全身を駆け抜けた。
パチっと本当に微かな音が二人の間で弾け、反射のように風丸は体ごと腕を引いてすまない、と声に出した。すまない、すまない?僅かな間、円堂は黙り視線を風丸の指先に合わせたまま動かない。何を謝られたのか、考えてゆっくりと指先を口元へと運んだ。
「あー……」
「円堂?」
「ってえ」
人差し指をゆっくりと押し当てる。じわりとした鈍い痛みが上唇の真ん中あたりに広がるのを抑えるように強く押し、離すと薄く赤色が滲んでいた。
「切れたのか?すまない円堂……」
円堂の唇を見て肩を落とし、風丸が頭を下げる。俯くと長い前髪とマフラーに顔の大半を隠されてしまった。
「舐めときゃ治るだろ。気にすんなよ。前から乾燥してたしな!」
大げさに手を振り、円堂は強く風丸の肩を叩く。寒いしなーとわざと大きく息を吐き出し、それが白いことを見ると、な?と笑ってみせた。
「円堂」
顔を上げ、僅かに口元を緩めた風丸に、円堂は親指を立てる。それからすぐに真顔に戻ると、急に顔を近づけてきたのに、風丸は体ごと後退った。
「え、円堂?近いんだが」
「お前も気をつけろよ」
「え?」
ぴっと指された人差し指が唇に触れる。冷気に冷えたのか、ひやりとした温度が伝わるのとは反対に、風丸は顔がかーっと熱く火照るような気がした。実質、目に見えて赤く染まった顔に、円堂が首を傾げる。
「風邪か?」
そのままひやりとした掌が額に押し付けられる。反対の手で自分の額を押さえながら、手が冷たくてよくわかんねえな、と零したのに、我に返ったように風丸は首を大きく左右に振った。振り落とされ、手が離れる。
「何するんだよ円堂!」
「や、急に赤くなるから」
「その、前は」
「ん?」
なんだっけーと首を傾げられ、風丸は自分の唇を指差す。それを見て、思い出したのかあーと間の抜けた声が上がった。
「唇、お前も乾燥に気をつけろよって」
「なんだよ……それだけかよ」
「だって、結構痛いんだぞ」
舌を出して上唇を舐めながら円堂がぼやく。ふうーと風丸は溜息のように息を吐いて、二の腕を暖めるように摩擦を起こした。円堂も寒さに身を震わせ、腕を擦りながら足を速めるのに、風丸も歩調を合わせる。
「早く帰ってクリームでも塗れよ」
「んなもん持ってねえよ」
「でもお前、それ、痛いんだろ」
「そうだけどさぁ……」
リップクリームを持っているなんて、知っている人の中ではマックスくらいだろうか。さすがに恥ずかしくて持ち歩くなんてことは想像出来ず、円堂は唇を尖らせ、痛みにすぐに元に戻す。
「いててて」
尖らせようとして傷口が開いてしまい、痛むのを指先を押し付けることで堪える。風丸は隣でまた、溜息のような白い息を吐き出した。
「円堂」
「んー」
ちらりと見ると、風丸がにこにこと微笑んでいる。不思議に思い、顔を上げるとごく自然に風丸の顔が近づいてきた。風のようにふわりと。
そして、稲妻が走る。
「痛いな」
唇を押さえて風丸が眉を寄せる。傷口が更にじりじりと痛むのに、円堂も緩慢に手を動かし、唇に触れた。
「じゃあな、円堂」
気が付けば分かれ道で、風丸はあっさりと背を向ける。痛みの説明も無く、風はひゅうと流れていく。凍えるような風だった。
「いってえ」
広がった傷口に円堂は呟くと、風丸の消えた道を眺め、指先の感覚が無くなるまで立ち尽くしていた。