「うわ!」
背後から聞こえた叫びに、一斉に振り返る。
聞き覚えが無いわけでは無いが、誰が発したのかわからないその声の出所を目線で探すと、マックスが隣を指差した。こいつ、と指差された張本人は肩を窄めて恥ずかしそうに半田の背後へと回り込もうとし、半田がぞくりと背筋を震わせながら一歩引いた。
「影野?」
「……、…」
ぼそりと呟かれた言葉は半田とマックスにしか届かず、何だって、と円堂が問いかけるのに代わりにマックスが口を開く。
「静電気だってさ」
「あ、バチっときたのか」
こくり、頷く。なあんだと口々に出してはまた背を向け、各々ユニフォームから制服へと着替えようと手を動かす。と、パチっと音が鳴った。
「ううーパチパチするでやんす」
「俺もっす」
パチパチと音を立てながらユニフォームを脱ぎ捨てる。恐る恐る少林寺はロッカーへと手を伸ばし、指先からパチっと音を立てひゃあと声を上げる。痛かったらしく、しょんぼりと肩を落とす少林寺を宥めようとして、今度は宍戸の指先と少林寺の肩にぴりりと痛みが走る。
「痛い!」
「何やってんだよ」
溜息を吐きながら首から一気にユニフォームを脱ぎ落とす。そのバチバチという音を風丸は聞き逃さず、さりげなく円堂から離れてそろっとユニフォームを脱いだ。パチっと音がするのは、もう逃れられないのだろうと諦め半分に鉄製のロッカーに手を伸ばす。痛むのは一瞬、一瞬。
「なあ、風丸」
「ふわあああっ!?」
予想外の方向からの攻撃に風丸は喉の奥がひっくり返ったかのような声を上げた。呼びかけ、肩に触れた円堂もびっくりしたように己の手と風丸の顔を見比べる。なんだなんだと、部員に注目され、風丸はがくりと肩を落とした。
「凄い音だね!」
「大丈夫か風丸」
きゃっきゃと何がツボに入ったのか、笑う一之瀬を止めて土門が声をかけてくるのに、ああ、と風丸は頷いてロッカーからカッターシャツを取り出した。正直なところ一瞬ひりひりと痛んだが、それを表に出すのは癪だったので耐えてシャツを羽織る。
「どうしよ」
「何がだよ」
先ほど無意識に攻撃を仕掛けてきた円堂が呟くのに、ちらりとそちらを見ると、未だ上半身裸で円堂は己の手を見つめていた。再度どうしよ、と呟くのに、自分の声が聞こえていなかったようでそれほど良くなかった機嫌を更に損ねながら、何が、と先ほどより大きめの声で問いかけると円堂の視線が風丸へと移った。
「静電気まだある感じする」
「だったら、ロッカーでも触ればいいだろ。オレには触るなよ」
「なんだよ風丸、機嫌悪いな」
「誰の所為だよ……早く着替えないと風邪引くぞ」
機嫌を損ねたところで、円堂にはどうしても甘くなってしまう性分を理解しながらも、風丸は忠告する。そうだな、と円堂も頷くとロッカーへと手を伸ばした。それは音も立てずに冷たい金属に触れる。
「あ、無かった」
「良かったな」
「おう」
「早く着替えろよ円堂、風丸」
後ろから着替え終わった染岡が声をかけてくるのに、はっとして周囲を見回す。しっかりと着替え終わったメンバーがじっと見ているのに、二人して苦笑いを浮かべると慌ててロッカーから着替えを取り出した。
「寒いですね」
うう、と肩を震わせながら目金が言うことに、風丸も頷いてマフラーに顔を埋める。まだ部室の中で円堂が最終確認を行っていた。
「じゃあお先に失礼しまーす」
「ああ、気をつけて帰れよ」
ぞろぞろと連れ立って帰る一年生の背に鬼道が声をかける。はあいと間の抜けた返事にやれやれ、と苦笑いを浮かべたようだった。その鬼道の隣に立ち、肩を摩るようにしながら風丸が尋ねる。
「鬼道はどうするんだ?」
「春奈が用事があるとかでな。待って送って帰る」
「もう暗いしな。そうしてやれ」
空を見上げて豪炎寺が言うのに、風丸も見上げる。星が瞬き、夕方と言うよりもすっかり夜の気配が漂っていた。
「豪炎寺は?」
「病院に寄ってから帰る。面会時間があるから、悪いが先に行かせてもらう。円堂によろしく言っといてくれ」
「わかった」
風丸が頷いたのを見届けて、豪炎寺は背を向ける。裏門から帰ろうとする彼を見ながら、裏門ってまだ開いてるんだっけ?と首を傾げていると、くいとポニーテールが引っ張られた。そんなことをする人物には一人しか心当たりが無く、振り返れば思った通りのカラフルな帽子が視界に入る。
「マックス」
「僕らも帰るよー」
「じゃあな」
「ではお先に」
おう、と返事をすれば手を振って正門へと彼らは向かった。人の減った部室前で、ふうと息を吐くと白く染まる。ゆっくり足を上げ下ろししてその場で足踏みをしながら風丸は腕を擦った。寒さでじっとしていられない。
「……何故足踏みをするんだ?」
「こっちの方が暖かいだろ」
「そうか」
風丸を真似て鬼道も足踏みをする。ふむ、と納得したのか息を吐いて、すぐにそれは終わった。
「鬼道は寒くないのか?」
「寒いが、それほどではないな」
「オレは寒くて寒くて……円堂、遅いな」
「そうだな」
様子を見るかと鬼道は一歩踏み出し、すぐに校舎側へと顔を向ける。お兄ちゃん、と遠くから呼ぶ声が風丸の耳にも届いた。
「……行ってやれよ」
「ああ……悪いが先に行く」
「お疲れ様」
鬼道も居なくなり、部室前にぽつんと残される。何故待っているのだろうかと今更のように風丸は考えながら足踏みを続けた。と、扉が開き、円堂が顔を出す。
「あれ、風丸一人か?」
「何やってんだよ、遅いから皆帰ったぜ」
「あー悪い悪い。鞄の中ぶちまけちゃってさ」
「それなら呼べばいいだろ。手伝ったのに」
「悪いって」
扉を閉めると鍵をかけ、行こうか、と風丸を促して歩き出す。隣に並んで歩いていると、ふと円堂の頬に糸くずがついているのが見えた。鞄の中か、マフラーを巻いた時にでも付いたのだろうが、くすぐったくないのだろうかと疑問に思いながら風丸は手を伸ばす。
「ん?」
触れる直前、気配に気づいて円堂がくるりと顔を風丸へ向けた。目的が動き、別の場所へと触れる。
パチッと小さな火花が、円堂の唇と風丸の指の間で爆ぜた。